行けるか行けないか、の二択ではない時間。
担任トラブルが重なり、朝になると気持ちが沈む日々が続いていた頃のことを書きます。
教室に行けなくても、ゼロじゃない。
そう思えるようになったのも、この日々があったからです。
「行きたくない」が始まったころ
担任トラブルが続く中で、娘の行き渋りは少しずつ形を変えていきました。
学校が嫌というより、担任の言葉への過剰反応のような状態です。
「また何か言われるんじゃないか」という不安が、朝の支度に影を落とすようになっていました。
ただ当時の娘にはそこまで言語化できず、「学校行きたくない」「学校やだ」という言葉になっていました。
今振り返れば、学校そのものではなく担任と関わることへの拒否だったのかもしれません。
朝からお腹が痛いと言ったり、起きたくないとぐずったり。
でも様子を見ていると、ただ眠くて言っている時とそうでないときの違いが分かってきました。
様子を見ていて、今日は大丈夫そうだと感じたときは、多少無理にでも支度をさせていました。
そのまま保健室へ直行することがほとんどだったのですが。
保健室という選択肢
幸い、私も娘も養護教諭とは話しやすい環境でした。
保健室でもいいから行こう、ママもついていくから、と連れて行く日が続くこともありました。
時には、手ぶらで保健室へ行き、養護教諭と10分程度話して帰宅するということも。
話しているうちに「やっぱり行く」と言い出して、私が荷物を取りに戻ることもありました。
そのうちに、荷物は最初から車に積んで行くことにしました。
「行けなければ帰ればいい、でも荷物があるから行けそうならすぐ行ける」という状態を作るためです。
このわずかな時間の積み重ねも、効果があったと思っています。
そして、この時間の授業は嫌だから〇時間目から行く、と自分で登校時間を決める日もありました。
その場合も私は、気持ちを受け入れながら、自分で決めたなら行こうという姿勢をとってきました。
教室じゃなくても、学校にいた日
今でも印象に残っているのは、下の子の校外学習の見送りで学校へ行った日のことです。
娘は教室には行けなかったけれど、見送りのために学校へ足を運ぶことはできました。
そこで養護教諭と校長が声を掛けてくれました。
養護教諭は「学校に来て顔を見たから、出席にしておくね」と言ってくれたのです。
教室には行けない。
でも学校に行くことはできた。
その日の娘にできたことは、それだけです。
でも、私にはそれで十分に見えました。
ゼロじゃない、という感覚が大切に感じられるようになっていきました。
多少無理をさせた話…娘の場合
正直に書くと、私は娘に対して多少強引に動かしていた部分があります。
これを読んで「無理させていいの?」「抵抗されたら?」「引きこもりになったら?」と不安になる方もいますよね。
私もその気持ちが分かりますし、毎回正解だとは思っていませんでした。
ただ娘の場合は、家にいると甘えが強くなりやすいタイプでした。
休ませることで気持ちが楽になる面ももちろんあります。
しかしずるずると学校から遠ざかってしまうリスクも感じていました。
なので様子を見ながら、私の直感で判断していた部分があります。
これはあくまでも娘の場合です。
同じようにしたからといって、うまくいくとは限りません。
お子さんの様子や性格によって、正解は全く違うと思っています。
結果論でしかないけれど
こうして振り返ると、学校とのつながりが完全に切れなかったことは娘にとってよかったと思っています。
でもそれは結果論です。
学校からいったん距離を置いて、気持ちをリセットする方が合う子もいるでしょう。
無理につなぎとめることが、かえって傷を深める可能性もあります。
どちらが正しいかは、その子によって違います。
カウンセラーとして学ぶ中で気づいたのは、親が子どもをじっと見て、その子に合った判断をしようとしていること自体が、すでに十分な寄り添いだということでした。
完璧な対応なんて、その時には誰にもわかりません。
あの日々、毎朝悩みながら判断していた自分に、今はそう言ってあげたいです。


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