娘が学校に行けなくなる前から、体にはすでにサインが出ていました。
後から振り返れば「なぜあの時に動かなかったのか」と思うことばかりです。
命に関わることではありませんが、娘は自らを傷つけていました。
最初に気づいたこと
最初に異変が目に付いたのは、夏休み後半のことでした。
気づいたときには、まつげがほとんど無くなっていたのです。
どうしたのか尋ねると、「自分で抜いちゃった」と答えました。
抜きたくなるほどの何かがあったのかと聞いても、特にないと答えます。
まつげにも限りがあるので、今度は眉毛を抜き始めました。
あるとき、剃ったかのように眉毛もほとんど無くなってしまったのです。
さすがにこれは、と思いアイブロウペンシルで書いてあげたりもしました。
でも根本的な解決にはなりません。
そのころ、娘の手の指にも気づきました。
人差し指の先の皮膚が硬くなっていたのです。
親指の爪をそこに当てて毛を抜いていたのでしょう。
爪が当たった跡の溝がついた、硬い皮膚。
毛のことも手のことも、どうしてあげればいいか分からず、ただ悲しくなりました。
そして頭髪へ
まつげ、眉毛と進んだ先は――頭髪でした。
秋の運動会のころ、前髪部分が3センチほどの幅で後退している状態になっていました。
まだらに短い毛がチクチクとしている前髪。
帽子もあるしと様子を見ていましたが、走れば帽子は後ろへ飛びます。
それでも髪のことが気になったのは、意外にも家族だけでした。
娘は走ることが大好きで、控えていたのはマラソン大会です。
気合が入っていることも分かっていました。
そこでやっと私は、ヘアバンドを学校につけていくことを提案します。
マラソン大会を見に行った際、先生に原則NGのヘアバンドの可否を相談しました。
原則、ヘアバンドやカチューシャはNGだったのです。
事情を話すと了承してもらえ、通常の登校でも着用できるようになりました。
また、そのことを他の先生にも情報共有してくれると約束してくれました。
その日から、娘はヘアバンドをつけて学校へ行くことになったのです。
見えなかったところで起きていたこと
娘はもともとお腹が弱いタイプです。
積み重なったストレスは、じわじわと体の内側にも影響していました。
それでも娘は、そのことを話してくることはありませんでした。
私が気づいたのは、目に見える事態になってからのことです。
それは本人も気づかないうちに起きた出来事でした。
そして不幸にも、それが学校へ行けなくなるきっかけとなった出来事を引き起こしていたのです。
子供は良くも悪くも純粋で、見たことや思ったことをそのまま口にすることはあります。
しかし娘の身に起きたことを利用して放たれた言葉は、それとは明らかに違うものでした。
どう向き合ってきたか
当初、そこまで根深い悩みからの行動だと思っていなかった私は、職場のママ仲間に娘のことを話していました。
それを聞いていた上司が、医師への相談を勧めてくれました。
正直、原因が分かっている行為だったので半信半疑でした。
それでも好転するきっかけになればと、医師に相談しました。
やはり原因の軽減が一番、とは言われてしまいました。
ただ私自身、抜きたくなる衝動が簡単に止まるものではないことは分かっています。
トイレだったり、ふと手が空いた瞬間に手が動いてしまう。
抜いた瞬間の感覚で、気持ちがスッとなってしまうんですよね。
だから娘への対処として大事にしてきたのは、なるべく一人にしないこと、手が暇にならないようにすることでした。
友人関係もたくさん話してくれるようになって、一緒に対策を考えられるようにもなってきました。
今、同じ状況のママへ
子どもが自分を傷つけているとき、親は真っ先に「やめさせなければ」と思います。
私もそうでした。
でも「やめなさい」という言葉は、ほとんど届きません。
その行為は、子どもが抱えきれない何かを外に出そうとしているサインです。
行為そのものをなくすより先に、その「何か」に目を向けることが大切だと、娘と向き合う中で学びました。
完全になくすことより、子供が話せる場所と時間を作ること。
それが今の私にできる、娘への一番の対処だと思っています。
しかし今でも嫌なことは続いていて、さらに担任の言動も重なって娘へのダメージが増すこともありました。
その話はまた別の記事で書きます。
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学校なので黒や紺の落ち着いた色のヘアバンドをと言われてしまいました。
なるべく幅広で落ち着いた色、探すのはなかなか難しかったです。
そもそも子供用では用件が合わないし、大人用だとズレてしまう恐れがあるので・・・。


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