今、子どもの悩みに向き合うママに寄り添う仕事をしています。
でも私自身、わが子のSOSに約1年間気づけなかったママでもあります。
この記事は、ある朝のことを書いています。
専門家として語るのではなく、あの時必死だった一人の母親として。
ある朝、突然
文字どおり、それは突然起きました。
いつも通りに起きて着替えを促すと、娘は『私、学校に行かない』と言って丸まってしまいました。
地震の時に頭を守る『ダンゴムシのポーズ(下図)』のような状態です。

直感で、あぁこれは本気で行かないやつだ、と感じました。
学校が嫌、でも具体的なことは話してくれません。
その日は欠席の連絡を入れ、電話に出た管理職に体調ではなく気持ちで休む旨を伝えました。
娘がこぼしていた担任への不信感も一応伝えましたが、後になってそれは本当の原因ではないと分かります。
翌日「外に行きたい」
翌日も娘はやはり学校に行かないと言いました。
しかし、それでもいつもどおり起きて支度をすることだけはできました。
外を眺めていると、いつも一緒に登校している子が歩いてきます。
娘は『外に行きたい。あの子と会いたい。』と言いました。
友達に会いたいという気持ちがあることが嬉しくて、「行っておいで」と送り出しました。
当然ながら登校しない娘はすぐに帰ってきますが、その先の待ち合わせ場所まで行くか尋ねると、行きたいと言います。
そこへ行くとさらに友達が増えます。
娘と会った友人たちは、学校へ行かないことを深く追及せずに『そっか~』と終わらせてくれました。
その軽さに、私はとても救われました。
1年近く、ひとりで抱えていた
その後、娘と少しづつ話すうちに、ふとある子たちの名前が出てきました。
園のころから仲の良かった友達です。
学校に行かなくなる前日、低学年の子どもの口から出たと思えないような言葉を、人の目が少ない場所で言われていたと分かりました。
さらに話を聞いていくと、つらい思いはずっと前から始まっていました。
学年が上がった4月の時点から、学童でグループの輪から少しずつ外されていたというのです。
発覚したのは、1月末のことでした。
つまり約1年間、娘は一人で抱えていたのです。
私にとって衝撃でしかありませんでした。
仕事が休みの日には早めに迎えに行っていたのに、その友達は私に笑顔で話しかけてきていました。
帰り際には、娘を追いかけてきてずっとバイバイしていたのです。
あの光景が、まるで別の意味で脳裏によみがえりました。
チャイルドカウンセラーとして、今だから言えること
「なぜ気づいてあげられなかったのか」
あの後、何度も自分を責めました。
でも今、ママに寄り添う立場として伝えられることがあります。
子どもは、親を守るために隠します。
「ママに心配させたくない」
「仕事で疲れているのにごめんなさい」
そんな気持ちが、子供を沈黙させてしまうのです。
特に、一生懸命働きながら子育てしているママほど、子供がそう感じやすい環境になりがちです。
しかし、気づけなかったことも、そういう環境になってしまったことも、あなたのせいではありません。
むしろ、あなたが一生懸命だったからこそ、子どもがあなたを守ろうとしていた、とも言えるのです。
長い戦いの、始まり
娘のメンタルはすでに限界を超えていました。
それでも、担任や仲の良いクラスメイトに支えてもらいながら、比較的早い段階で学校に戻ることはできました。
でもそこからが、本当の戦いでした。
こうして書き起こすだけで、今でも胸が痛くなります。
学校に少しづつ戻った話は、次回に書きます。
もし今、同じように子どものことで悩んでいる方がいたら、一人で抱え込まないでください。
あなたが気づけなかったのではなく、子どもが守ろうとしていただけかもしれない。
そのことを、心の片隅に置いてもらえたら嬉しいです。



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